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最高裁判所第三小法廷 平成7年(行ツ)124号 判決 1996年11月26日

イタリア共和国

ベローナ 三七〇四七 サンボニファシオ コルソベネツィア 九三番地

上告人

ロベルトペルリーニ

右訴訟代理人弁理士

浜田治雄

谷田睦樹

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被上告人

特許庁長官 荒井寿光

右当事者間の東京高等裁判所平成三年(行ケ)第二三八号審決取消請求事件について、同裁判所が平成七年一月二五日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人浜田治雄、同谷田睦樹の上告理由について

所論の点に関する原審の認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り、右事実関係の下においては、本件発明が進歩性を欠くとした原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立って原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 千種秀夫 裁判官 園部逸夫 裁判官 可部恒雄 裁判官 大野正男 裁判官 尾崎行信)

(平成七年(行ツ)第一二四号 上告人 ロベルトペルリーニ)

上告代理人浜田治雄、同谷田睦樹の上告理由

原判決は、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背があり、破棄を免れない。

(一)原判決は、特許法第二条第一項、同法第二九条第二項及び同法第四九条第二号の規定の解釈に明らかな誤りがあり、かつ、発明の進歩性判断基準に反する明らかな経験則違反がある。

(二)原判決は、特許法第二九条第二項の規定に基づき本願発明を拒絶とした被上告人の審決を支持した。この特許法第二九条第二項は、特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が同法第一項各号に掲げる発明に基づいて容易に発明をすることができたときは、その発明については、同項の規定にかかわらず、特許を受けることができない旨規定する。そして、特許法第二九条第二項に基づく進歩性は、一般に、以下のような基本的な考え方に基づいて判断される(特許庁審査基準参照)。

<1>進歩性の判断は、本願発明が属する技術分野における出願時の技術水準を的確に把握した上で、引用発明に基づいて当業者が本願発明に容易に相当できたことの論理づけにより行う。

<2>論理づけは、特許請求の範囲に記載された発明と引用発明を対比して構成の一致点・相違点を明らかにした上で、この引用発明や他の引用発明(周知・慣用技術も含む)の内容に、本願発明に対して起因ないし契機(動機づけ)となり得るものがあるかどうかを主要観点とし、進歩性の存在を肯定的に推認するのに役立つ事実として引用発明と比較した有利な効果を参酌することにより行う。

<3>その結果、論理づけができた場合は本願発明の進歩性は否定され、論理づけができない場合は進歩性は否定されない。

これらの基本的考え方に基づいて、本願発明及び引用発明を認定した後、論理づけに最も適した一の引用発明を選び、本願発明とこの引用発明を対比することによって、両者の発明の構成の一致点及び相違点を認定する。その後、認定事項を基準として、出願前に当業者が本願発明に容易に到達し得たかどうかの論理づけを試みる。具体的には、(イ)引用発明の内容に特許請求の範囲に係る発明に対する示唆があるか、(ロ)本願発明と引用発明との課題が共通しているか、(ハ)課題が共通するといえない場合は、その引用発明を特許請求の範囲に係る発明に取り込むことが出願時の技術水準において容易であったか、(ニ)本願発明と引用発明との機能、作用が共通するか、(ホ)技術分野が関連しているか、(ヘ)本願発明に引用発明と比較して有利な効果の存在が認められるか(認められる場合は、進歩性の存在が推認される)を基準に、本願発明と引用発明とを比較し、進歩性を検討する。

しかしながら、原判決においては、本願発明と引用例二に記載の発明の認定並びにそれらの構成の一致点及び相違点の認定手法に誤りがある。この認定は、以下に説明するように、特許法第二条第一項、同法第二九条第二項及び同法第四九条第二号の規定の解釈を誤ったものであり、判決に重大なる影響を及ぼす違法がある。

原判決は、本願発明から永久弾性エネルギー負荷ユニット(一〇)とシフトアクチュエータ(二〇)のみを、引用例二(甲第八号証)から、センタリングバネ(「一二a、一二b)と油圧アクチュエータ(二〇)のみを抜き出し、それぞれを対比して本願発明につき進歩性なしとした被告の審決を有効であるものとした。しかし、特許法上発明とは、特許法第二条第一項に規定される「自然法則を利用した技術的思想の創作」をいうのであって、その発明を理解する際には、特許請求の範囲に記載された技術的思想の実体に着目して判断すべきである。したがって、発明全体の思想を省みず、個々の構成要件同士を比較して進歩性を否定することは、特許法の発明の概念を全く無視しており、明らかに法令解釈の誤りである。

また、特許法第四九条は、特許出願の拒絶理由を限定列挙して規定しており、同条第二号において、「その特許出願に係る発明が・・・第二九条・・・の規定により特許をすることができないものであるとき」と規定している。この第二号中「特許出願に係る発明」とは、特許請求の範囲に記載された発明を意味する。したがって、特許出願の審査においては、特許請求の範囲に記載された発明が特許要件を満たすか否かを検討するのであるから、特許請求の範囲に記載された発明を構成する構成要件全体を検討し、その発明が特許要件を備えているかを判断するのであって、構成要件の一部を抜き出して検討し、構成要件全体の関係を全く考慮しない判断は、同法第四九条第二号の規定に違反している。すなわち発明は、個々の構成要件ではなく、特許請求の範囲に記載された全ての構成要件同士の関連で成立するものである。

原判決は、引用例二のセンタリングバネ(一二a、一二b)につき、車両に横加速度が作用していないとき(油圧アクチュエータ(二〇)が働いていないとき)は、車両の直進走行姿勢を維持させるため、後輪車軸に作用する外力より大きい安定化力を加えるものであるので、この意味で、センタリングバネ(一二a、一二b)は、本願発明の永久弾性エネルギー負荷ユニット(一〇)に相当すると認められると判示している(原判決第一七頁第二〇行から第第二一頁第二〇行参照)。また、原判決は、本願発明のシフトアクチュエータ(二〇)と引用例二の油圧アクチュエータ(二〇)につき、「本願発明においては主ステアリングシステムの操作による力、引用例考案二においては車体への横加速度の作用による力が加わった場合、これに応じて後輪を妥当な位置に操舵するために、直進走行姿勢を維持しようとする本願発明における永久弾性エネルギー負荷ユニット、引用例考案二におけるセンタリングバネ一二a、一二bのそれぞれの作用に打ち勝つ力を、本願発明においてはシフトアクチュエータにより後輪車軸に、引用例考案二においては油圧アクチュエータにより後輪操舵機構にそれぞれ加えるようにした点においては、両者の技術手段において異なるところはないと認められる。」(原判決第二三頁第一〇行から第二〇行)と判示している。そして、これらの判断に基づいで、「原告主張の審決取消事由はいずれも理由が無く、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。」と結論付けている。

上告人は、原審において、審決取消事由を個々の構成要件についてのみならず、それらによって構成される発明全体としても本願発明と引用例二に記載された発明とは全く思想を異にするものであると再三主張したのであるが、原判決は、前述のように発明を構成する構成要件を個々に見て、被上告人の審決に瑕疵がないとした。

しかしながら、本願発明と引用例二に記載の発明の技術的思想の実体に着目して両者を認定したならば、以下に述べるように本願発明と引用例二は、その思想を全く異にすることは明らかである。したがって、引用例二中に、本願発明の技術的思想が何ら開示ないしは示唆されていないにも拘わらず、本願発明を引用例二から容易に発明できたと判断することは、特許法第二九条第二項の規定の解釈の誤りであると共に、進歩性判断基準に反する経験則違反であり、このことは、判決に影響を及ぼす重大な違法である。

(三)本願発明と引用例二記載の発明の認定及びその一致点及び相違点

本願発明の要旨は、「後輪車軸に接続されかつこの後輪車軸に作用する外力よりも大きい安定化力を前記後輪車軸に加える永久弾性エネルギー負荷ユニット(一〇)と、前記後輪車軸に接続されかつ前記永久弾性エネルギー負荷ユニット(一〇)により加えられる安定化力よりも強度の力を作動の際に加えるシフトアクチュエータ(二〇)と、車両の主ステアリングシステムの走行姿勢における変化に応答する前記シフトアクチュエータ(二〇)用の制御部材(三〇)は前記シフトアクチュエータ(二〇)に液圧接続された液圧シリンダにより構成されると共に、この液圧シリンダのピストン(三二)を車両の主ステアリングシステムに接続してなることを特徴とする車両の主ステアリングシステムによって制御される非-自動後輪ステアリング装置」にある(原判決第三頁第二行から第一八行)。

本願発明の永久弾性エネルギー負荷ユニット(一〇)は、横加速度や路面の凹凸等のあらゆる種類の外部からの力が後輪車軸に加わったとしても、後輪を中立の直進位置に保持することができ、それらの外力によって後輪がぐらつくことが無い強力なものである。そして、シフトアクチュエータ(二〇)は、前述したあらゆる外力にも耐え得る永久弾性エネルギー負荷ユニット(一〇)の力に打ち勝ち、ハンドル操作に連動して後輪を前輪の旋回方向と逆方向に旋回させる。すなわち、本願発明は、後輪を旋回させて、車両自体を前輪のみによる操舵と比べてより大きく旋回させることによって車両に小回りを利かせるのである。この本願発明を用いた自動車が、西アフリカにおけるパリ・ダカールラリーやエジプトにおけるファラオスのラリーにおいて優勝したことは、永久弾性エネルギー負荷ユニット(一〇)が過酷な走行条件(悪路)におけるあらゆる外力に耐え、不意に現れる障害物等をシフトアクチュエータ(二〇)による小回りを利かせて避けることができたことを端的に表している(甲第五号証第二頁第一二行から第一九行参照)。

一方、原判決において本願発明と対比された引用例二に記載の発明の要旨は、「後輪を中立の直線位置に復元する復元手段を有するセンタリングバネ(一二a、一二b)と、車両に作用する横加速度を検出する横加速度センサと、該横加速度センサの出力に応じて、前記後輪操舵機構により、後輪を車両の旋回を抑制する方向に操舵する油圧アクチュエータ(二〇)とを備えた車両の後輪自動操舵装置」にある(引用例二実用新案登録請求の範囲)。

引用例二のセンタリングバネ(一二a、一二b)は、「後輪一〇は、後輪操舵機構一六のセンタリングバネ一二a、一二bの作用により中立の直進位置に保たれ、従来と同様の走行性能が得られる。」(甲第八号証第九頁第一八行から第一〇頁第一行)という記載から、「従来と同様の走行性能」を得ることができるようにするものであることが理解される。ここでいう「従来と同様の走行性能」とは、「旋回走行中に横力や前後力が加わると、ゴムブッシュを含む後輪サスペンション部材が弾性変形し、後輪がブッシュ類の撓みにより力学的に角変位してしまい、方向安定性上好ましくないステアリング角を生じさせている。」(甲第八号証第二頁第一行から第五行)と引用例二に記載されていることから明らかなように、旋回走行中に横力や前後力が加わると、後輪が角変位を起こす程度の走行性能であると理解される。また、車両に横加速度が働いた場合、その横加速度を横加速度センサが検知し、油圧アクチュエータ(二〇)を自動的に操作して、車両の旋回を抑制する方向に後輪を操舵する。引用例二には、「車両の旋回を抑制」するものと記載されているが、車両の旋回の抑制は、後輪の必要以上の旋回を抑制し、後輪を中立の直進位置に復元することの結果得られるものであるから、引用例二の油圧アクチュエータ(二〇)は、外力によって生じる「後輪の旋回」を抑制する働きを有するものであるといえる。このことは、引用例二の明細書(甲第八号証)において、「車両旋回時において、後輪の好ましくないステアリング角を補償してその旋回を抑制することができ、車両の走行安定性を改善できる。又、路面凹凸や、横風等の外乱によって生じる横加速度に対してもこれを抑制するように後輪が自動的に操舵されるので、走行安定性が飛躍的に改善される等の優れた効果を有する。」(甲第八号証第一二頁第二〇行から第一三頁第七行)と記載されていることからも明らかである。

以上より、本願発明は、<1>あらゆる外力に耐え後輪を中立の位置に保持する永久弾性エネルギー負荷ユニット(一〇)を備えている点、<2>永久弾性エネルギー負荷ユニット(一〇)より強力な力を加えて後輪を操舵するシフトアクチュエータ(二〇)を備えている点、<3>シフトアクチュエータ(二〇)は、ハンドル操作に連動し、手動で操作される点を特徴とし、この本願発明の思想の実体は、車両の走行安定性を保つと共に手動操作で後輪を操作して車両を旋回させて小回りを利かせるものであるということにある。

これに対し、引用例二の発明は、<1>従来と同様の走行性能を得ることができるセンタリングバネ(一二a、一二b)を備えると共にセンタリングバネ(一二a、一二b)のみでは耐えられない横風や路面の凹凸に対応し車両の旋回を抑制、即ち、後輪の旋回を抑制する油圧アクチユエータ(二〇)を備えている点、<2>横加速度センサが横加速度を検出した場合に、油圧アクチュエータ(二〇)を自動的に作動させる点を特徴とし、その発明の思想の実体は、センサによって横加速度を検知し、自動的に後輪を操作して車両の旋回を抑制して走行安定性を高めるものであるということにあるといえる。

このように両者は、第一に、車両を旋回させるのか又は旋回させないのかという点で異なり、発明の着想において異なっている。

第二に、後輪を操舵できるのか又はできないのかという点で異なっている。本願発明の場合は、シフトアクチュエータ(二〇)により後輪を思う方向に操舵し、積極的に車両を旋回させることができるが、引用例二の発明の場合は、センサによって車両に加えられた横加速度が検知された場合、このセンサの指令に基づいて、油圧アクチュエータ(20)により後輪が車両の旋回を抑制するよう操舵される。すなわち、引用例二の発明の場合は、運転手の思う通りに後輪を操舵することができず、かつ、後輪は、車両の旋回を抑制するための操舵、言い換えれば、車両に加えられる横加速度に耐えられずに旋回する後輪の動作を抑制する方向での操舵に止まる。

第三に、本願発明の永久弾性エネルギー負荷ユニット(一〇)は、あらゆる外力に耐え、後輪を中立の直線位置に保持することができるが、引用例二のセンタリングバネ(一二a、一二b)は、あらゆる外力に耐え、後輪を中立の直線位置に保持するという本願発明のような思想はない。例えば、横加速度が車両に加えられた場合には、前記第二で述べたように、油圧アクチュエータ(二〇)が作動し、車両の旋回、即ち、後輪の旋回を抑制する。

言い換えれば、本願発明の永久弾性エネルギー負荷ユニット(一〇)は、横加速度が車両に加えられた場合であろうと、それによって後輪の動作を許すことはないが、運転手の意志に基づいて操作されるシフトアクチュエータ(二〇)の動作による場合にのみ、後輪の動作を許す。

一方、引用例二の場合、甲第八号証に「路面凹凸や、横風等の外乱によって生じる横加速度に対してもこれを抑制するよう後輪が自動的に操舵される」(甲第八号証第一三頁第三行から第五行)と記載されていることから、引用例二のセンタリングバネ(一二a、一二b)は、通常の走行中に車両に加えられるショックに耐えることができず、後輪が操舵されることを許すということが理解される。そして、油圧アクチュエータ(二〇)が、車両の旋回を抑制するように働くという作用を有するということから、路面の凹凸等にょって操舵された後輪を中立の位置に戻すのが油圧アクチュエータ(二〇)であると理解される。よって、引用例二のセンタリングバネ(一二a、一二b)は、あらゆる外力に耐えることができるものではなく、油圧アクチュエータ(20)と共に、後輪を中立の直進位置に保持するものであるといえ、あらゆる種類の外力に耐え得る本願発明の永久弾性エネルギー負荷ユニット(一〇)と異なる。

前述したように、本願発明は、悪路を走行するラリーカーに適用することも想定されているため、引用例二の発明のように、路面の凹凸の存在程度でいちいちセンサが働き、油圧アクチュエータが作動して車両の旋回を抑制するような作用を有する引用例二に記載の発明を本願発明に適用しても実用にならないのである。また、ラリーでは、障害物をとっさに避ける必要もあり、後輪をステアリングシステムと連動して動作させることは、車両を旋回させたい時に旋回させることができると共に小回りが利き、非常に有効な手段である。これらは、引用例二と比べて有利な効果であるといえる。

よって、引用例二のセンタリングバネ(一二a、一二b)は、本願発明の永久弾性エネルギー負荷ユニット(一〇)に相当し、引用例二の油圧アクチュエータ(二〇)は、本願発明のシフトアクチュエータ(二〇)に相当すると認定した原判決には、明らかな誤りがあることは明らかである。すなわち、両者は、個々の構成要件も、発明全体の思想も全く異なるのであり、引用例二は、本願発明の進歩性否定の根拠とはならない。したがって、原判決は、特許法第二九条第二項の解釈及び進歩性判断の経験則に違反している。

(四)以上の通り、原判決は、特許法第二条第一項に記載の発明の概念を考慮せず、かつ、同法四九条第二号に規定される特許出願の審査の対象を誤り、その結果、同法第二九条第二項の規定の解釈を誤ると共に、進歩性判断の経験則を誤った。この法令解釈の誤りは、特許法第二条第一項、同法第四九条第二号及び同条第二九条第二項という特許法上極めて重要な規定についてのものであって、特許法第一条に規定される特許制度の目的上看過できない誤った認定である。よって、上告人は、その違法性につき最高裁判所の判断を仰ぐべきと判断し、上告に及んだ次第である。

以上

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